マタハラやパタハラの定義と個人事業主による防止措置の具体例

共働き世帯の増加や男性の育児参加推進等の社会的な事情の影響を受け、妊娠出産、育児に関する法整備が進んできました。

一方で問題となっているのは妊娠出産、育児に関するハラスメント、「マタハラ」や「パタハラ」です。パワハラやセクハラ同様、従業員に対する職場での言動には注意しなければなりません。

具体的にどのような行為がマタハラ等に該当するのか、そして従業員を雇っている個人事業主はどのような対策を講ずる必要があるのか、当記事で解説します。

妊娠・出産・育児休業等に関するハラスメントに対する措置も義務

出産後も働き続ける女性の割合は、1990年代で20%程度でしたが、2015年から2019年の5年間では53.8%まで延び、出産後も働き続ける女性は全体の約半分を超えました。

(参考:厚生労働省「第1子出生年別にみた、第1子出産前後の妻の就業変化」URL:https://www.mhlw.go.jp/wp/hakusyo/kousei/17/backdata/02-01-08-02.html

また、日本は長く「育児は専ら女性が行うもの」という風潮がありましたが、共働き世帯の増加から、男性の育児参加も積極的に推し進められています。そこで国による法整備等の後押しもあり、2014年頃に2.3%ほどだった男性の育休取得率は、2022年に17.1%まで増加しています。

こういった時代の変化がある一方で、職場の上司や同僚から理解が得られず、嫌がらせ等の言動により従業員の職場環境に悪影響が出てしまう問題も発生しています。

このようなハラスメントがある場合、他のハラスメント同様、事業主は防止措置を行わなければなりません。従業員を雇用するすべての事業者にその義務があります。個人事業主も防止措置を怠れば労働基準監督署などの指導の対象となり得ます。

「マタハラ」「パタハラ」の定義

妊娠や出産、育児に関わるハラスメントは「マタハラ」と「パタハラ」に分けることができます。

それぞれの定義について、確認をしておきましょう。

マタニティハラスメント(マタハラ)職場において、従業員の妊娠・出産に関わることに対する上司や同僚の言動によって、就業環境に悪影響が出ること。「マタニティ」は「妊婦」を指すが、出産後に育児をする女性への嫌がらせ等の言動も、マタハラの一部にあたる。男女雇用機会均等法(一部育児介護休業法)により規定がされており、主に「女性」への不利な扱いを禁止している。
パタニティハラスメント(パタハラ)育児休業に関するハラスメントのひとつ。パタニティとは「父性」のことで、男性が育児に関わる制度を利用することを妨げる、上司や同僚の言動を指す。

また、育児介護休業法では、介護休業に関するハラスメントも禁止しています(ケアハラスメント)。

本記事では、主に育児について言及していますが、介護休業を取得する従業員にも同様の防止措置が必要だと理解しておきましょう。

以下では、妊娠出産、育児に関するハラスメントを「マタハラ等」と総称します。

防止すべきマタハラ等とは

マタハラ等の具体例は、①制度を利用・相談したことへの嫌がらせ、あるいは②その状態に対しての嫌がらせ、の2つに分けられます。

「嫌がらせ」とは、言動に限らず、仕事を与えないことや雑務のみを押し付けることも含まれますが、これに該当するかの判断基準は「業務上の必要性」です。

※「業務上の必要性」とは、従業員の休業等について調整を行う立場の者が、意向を確認するための行為等を言う。

①および②について、具体例を挙げて詳しく説明していきます。

制度等の利用への嫌がらせ型の具体例

働く人への妊娠出産、育児については、法律により様々な制度の利用が認められていますが、その制度を利用したこと、あるいは制度の利用について相談したことへの嫌がらせがマタハラ等にあたります。

例えば次のような制度の利用・相談がきっかけでマタハラが起こり得ます。

男女雇用機会均等法が対象とする制度※主に女性労働者が対象育児・介護休業法が対象とする制度※男女両方が対象
産前休業母性健康管理のための措置妊娠中の軽易な業務への転換残業や休日労働、深夜業等の拒否育児時間危険有害業務等の就業制限育児(介護)休業産後パパ育休子の看護休暇(介護休暇)時間外労働、深夜業等の拒否育児(介護)時短制度始業時刻変更等の措置

以下では、上記の制度利用の場面で起こりやすい事案を紹介します。

(1)解雇その他不利益な取扱いを⽰唆するもの

1回の言動であっても該当する可能性があります。

  • 該当する例
    → 育休取得を申し出た男性従業員に対して、所属長が「育休を取るような男は降格させる」と言う
  • 該当しない例
    → 妊娠がわかった女性従業員に対して、事業主が負担の少ない業務に転換する意思があるかを確認すること

(2)制度等の利用の請求等⼜は制度等の利用を阻害するもの

制度の利用を妨げるような事業主や上司の言動は、力関係を考慮すると1回の行為でも該当する可能性が高いですが、同僚の言動については繰り返し行われているかが判断のポイントです。

  • 該当する例
    → 男性従業員が、子どもが発熱したことにより、子の看護休暇を上司に申し出たが「男が使える制度じゃない」と言われ、取得することができなかった
  • 該当しない例
    → 同僚が自分の休暇と調整したい意図があり、休業を予定している従業員に期間を尋ね、変更の相談をすること

(3)制度等の利用をしたことにより嫌がらせ等をするもの 

繰り返し、または継続的に嫌がらせを行うことで該当します。

  • 該当する例
    → 時短勤務を申し出た従業員に対して、本人が希望していないのにも関わらず、上司が嫌がらせの目的で雑務のみ任せること
  • 該当しない例
    → 会社の営業日に仕事を休んで妊婦健診に行く予定の従業員に対し、上司が業務の状況から「その日の健診を避けることは可能か」と確認、相談すること

状態への嫌がらせ型の具体例

従業員の妊娠、出産等の状態に対する、上司や同僚の言動による嫌がらせがあります。

対象となる「状態」には、妊娠や出産だけではなく、それに関わる症状により仕事ができないこと、就業制限のある業務に就かなかったことも含まれます。

以下がその具体例です。

(1)解雇その他不利益な取扱いを⽰唆するもの

  • 該当する例
    → 妊娠したことに対し、事業主から「どうせ辞めるんだから早く辞めてね」と言われた
  • 該当しない例
    → 同僚が妊娠した女性従業員に対して「体調が悪そうだから、少し休んだほうがいい」と言うこと

(2)妊娠等したことにより嫌がらせ等をするもの

  • 該当する例
    → 妊娠を報告した従業員に対し、同僚が「忙しい状態がわかっているのに、妊娠するのは考えられない」と繰り返し発言され、働く環境が著しく悪くなってしまった
  • 該当する例
    → 長時間労働の傾向がある妊婦に配慮して、上司が「業務分担を見直して、残業量を減らすのはどうか」と提案すること

事業主がしてはいけない「不利益な取扱い」とは

個人事業主は経営者の立場として、従業員への「不利益な扱い」に気をつけなければなりません。

例えば次のような言動です。

  • 解雇や降格、減給等の直接的に労働条件を関わること
  • 契約の更新をしなかったり、更新上限を引き下げたりする
  • 正社員からアルバイトになることを強要する
  • 本人の希望ではない自宅待機を命じる
  • 本人の意思に反して、時間外労働や深夜業の制限を行う

これらは、事業主自身の法律の理解不足や従業員とのコミュニケーションの不足で起こりやすいです。例えば、育児を行う従業員に対し「早く帰らせた方がいいだろう」と思い、残業を軽減することはポジティブなアクションと言えますが、制度を利用するかどうかは本人の意思を尊重すべきです。

個人事業主が取り組むべき措置の例

事業主が取り組むべき措置は、他のハラスメントと大きくは変わらず、次の通りです。

  • ハラスメントに対する事業主の意思の表明、従業員への周知や啓蒙
  • 相談窓口の設置、周知
  • 事案があったときの迅速かつ適切な対応配慮
  • プライバシーの保護
  • ハラスメントになり得る言動を生む背景の解消

この内「ハラスメントになり得る言動を生む背景の解消」はマタハラ等に特有の防止措置です(具体例は後述)。

これらの措置を個人事業主が1人で行うことは難しいので、行政による資料等も積極的に活用しましょう。

参考:ハラスメント対策の総合サイト「あかるい職場応援団」
https://www.no-harassment.mhlw.go.jp

参考:働く女性の心とからだの応援サイト
https://www.bosei-navi.mhlw.go.jp/index_bosei.html

また、マタハラ等防止のためには法律の理解が必要不可欠です。社労士等の労務の専門家に対応を尋ねることや、依頼することもできますが、従業員から初めての相談を受けるのは個人事業主自身だと意識しましょう。

ハラスメントになり得る言動を生む背景の解消

「妊娠出産、育児に関して、否定的な言動が行われやすい職場の風土の原因を探り、解消すること」が防止措置として規定されています。さらに、不妊治療に対する否定的な言動も含まれています。

産前休業を取る従業員に対する言動を例に考えてみましょう。

  • 常時人手不足にある事業場で、休業する従業員に対し「業務量が多くなって困るから、産休を取らないで」という発言があった場合
    ・・・背景となった問題は”人手不足”
  • 「昔は妊娠したら女性は退職するものだった」「産前休業は甘え」というような言動だった場合
    ・・・原因は”個人の価値観”や”法律の制度を知らないこと”

このように、各々の職場におけるハラスメントを生む背景を探り、解消することに事業主は取り組みましょう。そのためにも、まずは事業主が法律上の制度について理解を深める必要があります。

産休や育休の制度利用を前提に体制を整えよう

働き手からすると「子どもを育てながらでも仕事ができるのか?」というのは、働く場所を選ぶうえで大きなポイントです。

事業主からすれば、従業員が働けなくなり困ることもあるかもしれませんが、従業員を雇用するなら制度が利用されることを前提に体制を整えておくべきです。

マタハラやパタハラなどをしない・させないことはもちろん、産休や育休などがあっても事業がストップしないように備えておきましょう。