個人事業主自身は労働基準法の適用対象外!働き方による扱いの違いについて

個人事業主は、業務委託契約を交わし、発注者である企業から仕事を貰って業務にあたることが多々あります。

しかし発注者側からの突然の仕様の変更や予想外の指示などで、当初の想定よりも多くの時間を費やしてしまった、ということも珍しいことではないでしょう。1日8時間以上の時間を業務遂行の為に費やしたり、納期の短縮で急遽深夜に及ぶまで仕事をしたりしても、残業代や深夜勤務手当が支給されることは原則ありません。

そんなとき、ふと「労働基準法に反していないのか?」という考えがよぎることはないでしょうか?この記事では、個人事業主に対する労働基準法の適用関係について解説しており、同法における「労働者」と評価される働き方のポイントについても紹介しています。

労働基準法とは

はじめに、労働基準法の第一条を見てみましょう。

<引用>

(労働条件の原則)

第一条 労働条件は、労働者が人たるに値する生活を営むための必要を充たすべきものでなければならない。

<引用おわり>

この法律は労働条件を保障するためにあります。そして第一条にあるように、この労働基準法で定められているあらゆる労働条件が全ての労働者にとっての「最低条件」となります。

例えば、労基法では1日の労働時間を原則8時間と決めており、それを超えて労働させた場合は割増した賃金の支払が義務付けられています。

たとえ、雇い主と労働者が個々に同意したとしても、この労働条件を下回った労働条件は無効とする強制力を持っているのです。

「労働者」の保護が目的

この労働基準法は、通常、雇い主に比べて立場が弱くなりがちな労働者を保護することが目的で作られました。

企業から仕事を受託するすべての取引関係に適用されるものではないということを抑えておきましょう。

個人事業主に労働基準法は原則適用されない

結論から言うと、個人事業主には原則として労働基準法は適用されません。

ですので、残業代や深夜労働に対する割増賃金が支払われることはなく、発注者から受託した業務中に負った怪我に対しても労災保険の適用はないものとなります。

個人事業主は「労働者」ではない

個人事業主や下請人に労働基準法が適用されない理由は、個人事業主などが労基法上の労働者に該当しないからです。

「労働者」の定義は同じく労基法の中で決められています。

労働者の条件

1.職業の種類を問わない

2.事業または事務所に使用されるもの

3.賃金を支払われるもの

簡単にまとめると、労働者とは「使用者の指揮命令を受けて労働し、その対象として賃金を支払われるもの」です。これは「使用従属性」とも呼ばれ、取引関係にある当事者が労働者に当たるかどうかを判断する上で非常に重要なポイントになります。

基本的に個人事業主は発注者との間に「使用従属性」は無いものと考えられているのです。

ではここで一度、個人事業主と発注者との間で交わされる契約がどのようなものなのかを整理してみましょう。

業務委託契約と雇用契約の違い

労働者となるのは、原則、雇用契約を使用者と交わしているもので、個人事業主が交わす「業務委託契約」とは全く異なる契約です。

また、一言で「業務委託契約」と言っても、細かく分類すると3種類存在します。

ここで一度それぞれの契約の特徴を確認しましょう。

業務内容報酬の対象完成責任発注者の指揮命令権
請負成果物の完成業務の結果・成果物ありなし建築関係SEライター など
委任法律行為の伴う業務遂行業務遂行の為の労務なし※なし訴訟代理人税理士の顧問契約
準委任法律行為を伴わない業務遂行業務遂行の為の労務なし※なしコンサルティングリサーチ など
雇用指示された業務業務遂行の為の労務なしあり

※委任・準委任契約の「完成責任」とは、例えば訴訟を代理人に依頼したときにおいて、その訴訟に「勝訴すること」が報酬の対価ではないということです。この場合「完成責任がない」と言え、業務の結果如何に関わらず、その業務を遂行するために働いた分に対し、報酬が支払われる契約を指します。

企業と交わされる契約は複数ありますが、この内雇用契約のみ指揮命令権が「あり」というところがポイントです。

原則、雇用契約以外の契約には発注者に指揮命令権はなく、仕事の方法や従事する時間などについては受託者に裁量が任されているのです。

労働基準法適用を左右する働き方のポイント

労働基準法が適用されるのは、基本的に雇用契約を交わした場合です。しかし、取り交わす契約書の名前で全てが決まるわけではありません。

元請会社と「業務委託契約書」という名称の契約書をお互い所持しているからと言って、その個人事業主が「労働者ではない」と一概に判断されるものではないのです。

中には「偽装請負」というようなトラブルもあり、請負契約を結んでいたとしても、実際はその企業で働く労働者のような働き方をしており、労働基準法で保護しなければならない場合もあります。

労働者であるかどうかは、契約書の名前で決まるのではなく、個別の事案ごと・個々の働き方の実態によって総合的に判断される、ということは非常に重要なポイントです。

では、具体的にどのような働き方だと「労働者」だと判断されやすくなるのか、「使用従属性の高さ」を左右するポイントを見てみましょう。

仕事の依頼に対しての諾否の自由があるか

第一のポイントは、「発注者から仕事の依頼や業務の指示があった場合に、その仕事を受けるかどうかを個人事業主自身が決められるかどうか」ということです。

当然、企業に雇われている労働者には仕事の諾否に決定権はありません。使用者から指示された仕事は遂行しなければなりませんが、個人事業主であれば仕事を受注しない裁量を持ちます。

業務遂行上の指揮監督の程度

発注者から依頼された業務を行う際に「指揮命令をどの程度受けるか」ということもポイントです。仕事の進め方や手順などについて、発注者から事細かに指示を受けているかどうかを見ます。

現実には、いくら業務委託契約と言っても発注者から全く指示を受けないということは殆どないでしょう。ですので、この場合は発注者からの指示の内容や範囲、頻度などがどの程度のものであるかが判断の基準となります。

当然、指揮監督の程度が細かく、頻度が多いほどその働き方は労働者に近いと言えます。

勤務場所・勤務時間の拘束性の有無

「勤務場所や時間に拘束性があるかどうか」も使用従属性を判断する時に着目すべきポイントです。

しかし、業務の性質によっては、場所や時間が拘束される場合も当然あります。ですので、拘束性があると言うだけで労働者性が高いとは判断されづらく、他の労働者と比較して拘束性が強いのか低いのかが重要なポイントとなります。

報酬の労務対償性

「支払われる報酬額が、発注者の指揮監督下での作業時間を基に決められているかどうか」も使用従属性を判断する重要なポイントです。

発注者の監督下で決められている場合は使用従属性が高いと評価されやすいでしょう。その他にも、欠勤した場合には応分の報酬が控除されたり、残業した場合に通常の報酬とは別の手当が支給される場合も、使用従属性が高くなります。

事業者性の有無

通常、労働者は業務遂行の為の機械・機具などを持っていません。例えば、トラックの運転手として雇われている労働者が、自分自身のトラックを所有していないことは不自然ではなく、例え持っていたとしてもそれを仕事で使用することは殆どないでしょう。

一方、個人事業主は自己所有のトラックを利用し、受託した仕事を行います。その場合は事業者性が強いと言え、労働者であることを否定する要素となります。

また、雇われている他の労働者に比べて、報酬が高額である場合も同様に事業者性を高める要因です。

専属性の程度

「専属性の程度」にも着目しましょう。

これは、ある発注者の仕事を受けることで、他の発注者の業務を請け負うことに制約を受けるなど、特定の発注者から受ける業務の割合が大きい場合を指します。

専属性が高ければ高いほど、労働者性が高いと言えます。

労働基準法が適用されるときの個人事業主の権利

前述した通り、労働基準法は労働者を守るための法律です。そのため、個人事業主であっても労働者性が認められた場合は労働基準法などによる保護を受けます。

個人事業主や下請の企業が労働者性を主張する際に、具体的・一般的に多い請求は次のようなものです。

1.時間外労働などの割増賃金請求

2.最低賃金法の適用・差額請求

3.解雇の無効

4.労災保険の適用

例えば、1・2のように通常の雇用契約であれば残業代が支払われたり、時給換算したときの最低賃金の基準が適用されるので、その金額を請求することがあります。また、解雇の無効や労災保険給付の適用についての主張ができる可能性も生じます。

その他身を守るために知っておきたい法律

実際に働く現場では様々なトラブルが想定されます。労働基準法の他にも知っておきたい法律があります。

独占禁止法

個人事業主との取引上、優位な地位にある発注者にはその地位を濫用して、個人事業主などに対し不当に不利益を与えることもできるでしょう。しかし、独占禁止法はそういった「優越的地位の濫用」を禁止し、公正で自由な取引となるような規律を設けています。

例えば、発注元から取引の継続を条件に、業務に必要のない商品の購入を強制されたり、契約の範囲外のサービス提供を求められたりする行為は、独占禁止法に違反する場合があります。

下請法

下請の中小企業や個人事業主に対し、発注者が発注した商品について不当に報酬を減額・返品したり、下請先への支払いを遅らせることを禁止する法律です。

例えば、契約した後にも関わらず発注元が「顧客にキャンセルされたから」というように、一方的な減額や発注取消、返品などの行為は下請法上問題となります。

個人事業主でも労働基準法への理解は必要

個人事業主には原則労働基準法が適用されませんが、それは絶対ではありません。近年、政策による後押しや、ワークライフバランスを重視した働き方を求め、個人事業主として働く道を選ぶ人たちは確実に増加しています。

しかし、それに伴って様々なトラブルが増えていることも事実です。

法律の大前提では個人事業主や下請は「労働者ではない」とされていますが、実態を重視されるのも労働関連法の特徴と言えます。深く知識をつけることで、トラブルになるポイントや、自分の身やいざというときの保障を手に入れることもできるでしょう。

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