個人事業主はインボイス制度でどうなる?免税事業者への影響をわかりやすく解説

2023年10月1日から、いよいよ「インボイス制度」が始まります。この制度はニュースやSNSでも頻繁に取り上げられているため、一度は聞いたことがあるでしょう。しかし、制度の内容を深く理解しておらず、自身の事業にはあまり関係がないと思われている個人事業者は少なくはありません。実際、2023年3月時点のデータによれば、個人事業主のインボイス登録率は急増しているものの、いまだ法人に比べると約半分ほどとなっています。(参考: 「インボイス制度の登録数動向」調査

今後、インボイス制度が個人事業主に与える影響は大きく、制度開始までに十分な理解と準備が必要です。

本記事では、インボイス制度の概要から、個人事業主が行うべき対策までを分かりやすく解説していきます。ぜひ最後までご一読いただき、インボイス制度導入に備えて適切な準備を進めていきましょう。

インボイス制度とは

「インボイス制度」とは、従来の消費税の控除システムを改変し、新たな要件のもとに開始される消費税控除の仕組みです。2023年10月1日より開始されることが決定しています。

この制度の目的は、事業者間の取引における消費税の透明性を高め、税務上の不正を防止することです。

本制度の導入によって、仕入税額控除の仕組みが大きく変わります。従来使用されていた区分請求書では、仕入れ時に支払った消費税を控除して納税することができなくなり、「適格請求書」が必要になりました。

しかし、適格請求書を発行できるのは消費税の課税事業者であり、さらに登録を受けた事業者だけという要件が大きな波紋を呼んでいるのです。

インボイス制度の導入は、多くの企業や個人事業主の業務負担を増やし、納税額を増大させると懸念されています。特に、売上1,000万円以下の免税事業者に及ぼす影響は非常に大きいため注意が必要です。

では、具体的にはどのような制度で、どういった対策が必要なのかを詳しく見ていきましょう。

インボイスは「適格請求書」のこと

インボイスは英語の「invoice」 から来た言葉で、請求書や送り状という意味です。インボイス制度のもとでは、「適格請求書」のことを指します。

「適格請求書(以下「インボイス」と称する)」とは、従来の区分記載請求書の記載に加え、新たに要件として追加される項目を記載した請求書のことです。記載項目を、従来の請求書と比較してみましょう。

記載項目区分記載請求書適格請求書(インボイス)
発行事業者の氏名または名称
取引年月日
取引の内容
税率ごとに区分して合計した対価の額
書類の交付を受ける事業者の氏名または名称
発行事業者の登録番号
適用税率
税率ごとに区分した消費税額等

登録番号とは、インボイス発行事業者になるための申請を行い、登録された際に発行される番号のことです。この番号を記載することが、インボイスとしての適正要件になっているため、登録をしていない事業者は、インボイスを発行することができません。

現在、消費税には軽減税率が適用される対象があるため、8%と10%の税率が混在しています。よって、支払いをした品目に対する適用税率と、税率ごとの金額を明示することが必要があるのです。

消費税の適用税率とその金額が記載されたインボイスによって、取引内容を正確に記録し、適正な消費税の管理と取引の透明性を保つことが期待されています。

登録事業者は、取引相手である課税事業者から要求があった場合、必ずそれを交付し、コピーも保管しなければなりません。発注事業者は仕入税額控除を受けるために、受け取ったインボイスを保存しておくことが必要です。

仕入税額控除の仕組み

インボイス制度を学ぶ上で、一番重要な仕組みである「仕入税額控除」について、詳しく解説していきます。

消費税は、販売された商品や提供されたサービスに対して課される間接税です。しかし、単に最終的な消費者に課税するだけではなく、商品やサービスが流通する過程でも課税されます。ここで「仕入税額控除」が適用され、事業者が必要な商品やサービスを購入した際に支払った消費税を、自身が納税する消費税から差し引くことができるのです。その結果、事業者は実質的に自社の商品やサービスに関連する消費税だけを納税することになります。

具体的な例で見ていきましょう。

仮に、ある製造業者が100万円の原材料を購入し、消費税率が10%だとすると、その原材料に対する消費税は10万円となります。その後、製造業者がこれらの原材料を加工し、完成品を200万円で販売しました。この場合、製造業者が受け取る消費税は200万円の10%、つまり20万円となります。

仕入税額控除が適用されると、製造業者は自身が支払った消費税(10万円)を受け取った消費税(20万円)から控除できるのです。その結果、製造業者は納税する消費税額を10万円(20万円-10万円)に減らすことができます。

では、インボイス制度導入後、仕入税額控除の仕組みはどう変わるのでしょうか。

従来、仕入税額控除を適用するには、取引先から受け取った区分記載請求書の保存が必要でした。しかし、新制度導入後は、インボイスを受け取り、保存することが要件となります。

問題となるのは、仕入れ先がそれを発行できない場合です。その場合、仕入れに対する消費税は控除できず、重複した消費税が発生します。これは発注事業者にとって重大な問題となり、仕入れ先の再選択や取引の見直しが検討される可能性がでてくるでしょう。

なぜインボイス制度は導入されるのか

インボイス制度の導入は、取引の透明性を守り、税務上の誤りや不正行為を防止する目的を持っています。この目的を達成するため、正確な消費税率とその額を把握することが不可欠です。令和元年10月以降、消費税の軽減税率が導入され、8%と10%の異なる税率が混在する状況になりました。これにより、意図的に不正を行うことで、消費税の不当利益を得ることが可能になっているのが現状です。

具体的には、8%の税率で仕入れた商品を10%の税率で計上すると、その2%の差額が不当利益となります。このような不正行為を避けるため、適正な税率と税額が明記されたインボイスの保管が必須となるのです。

さらに、免税事業者による「益税」問題も、背景の一つにあります。

現行の規定では、消費税の納税が免除されている事業者(いわゆる免税事業者)も、自分たちが提供する商品やサービスに消費税を上乗せして販売することが可能です。この消費税分が利益として残る部分を、「益税」と言います。しかし、こうした益税が生まれること自体を問題視する声や、全ての事業者が公平に税金を支払うべきだという考え方があることも確かです。

新たに導入される制度の下では、免税事業者がインボイスを発行することはできず、結果として益税を得ることは不可能になります。

このような観点から見ると、インボイス制度の導入は、公平な納税を促進する一つの手段とも言えるでしょう。

売上1,000万円以下の免税事業者はインボイス制度に要注意

インボイス制度が導入されると、これまで売上が1,000万円以下で消費税が免税されてきた事業主が、課税の対象となる可能性があります。免税事業者のままでいると、インボイスの発行ができないからです。インボイスを発行するには、税務署への登録が必要ですが、免税事業者は登録することができません。そのことによる直接的な影響を受けるのは、免税事業者に発注している課税事業者であると言えます。

免税事業者と取引を行った課税事業者は、その取引において仕入税額控除を受けられません。仕入税額控除を受けるには、インボイスを発行してもらい、保存しておく必要があるからです。

取引先がそれを発行できないとなると、発注事業者は、取引先の変更や取引内容の見直しを検討せざるを得ません。そうなれば、免税事業者は、課税事業者への転換を検討せざるを得なくなってしまいます。

現在、課税されている個人事業主も新制度への対応は必要です。インボイスを発行するためには、課税事業者であるとともに、発行事業者としての登録が要件となります。登録申請書を税務署に提出し、登録番号を発行してもらいましょう。

取引相手となる事業者への、通知や確認も重要です。発行事業者となったことの通知や、取引先が発行事業者となる予定があるのかを確認しましょう。取引先がインボイス発行事業者とならない場合には、仕入税額控除を受けれないため、大きな経費増加となります。

また、発行事業者となった場合、インボイスの発行は義務となるので、事前にシステムを整えておかなければなりません。

インボイス制度の目指すところは、免税を排除することではなく、各取引における消費税の税率と額を正確に把握し、適切に管理することです。消費税の取り扱いを明確にし、税務に関する混乱や誤解を防ぐことができれば、税制の透明性と公平性が向上すると期待されています

個人事業主がインボイス発行事業者に登録しないとどうなる?

インボイス制度は個人事業主にとっても、当然大きな影響のある制度です。実際に個人事業主が登録をしないと、どのような影響があるのかを見ていきましょう。

発注先が仕入税額控除を適用できなくなる

個人事業主がクライアントからの発注を受け、その取引におけるインボイスを発行するには、税務署へ登録申請を行い、登録番号を取得していることが必要です。請求書に税務署から発行される登録番号を記載する必要があるため、申請書を提出した直後で登録番号を受け取っていない事業者もインボイスを発行することはできません。

インボイスが発行されない取引では、クライアントは仕入税額控除を適用することができません。その結果、個人事業主への支払いに対して消費税を支払いつつ、自身が商品やサービスを販売する際に受け取る消費税は全額納税しなければなりません。

取引が続けられなくなる可能性がある

個人事業主が自身のクライアントに対してインボイスを発行できない場合、クライアントは消費税を二重に負担することになり、経費の増加は避けられません。そのような負担を解消するため、クライアントから個人事業主に対し、消費税相当分の値引きを要求されることが想定されます。また、取引の継続が困難であると判断された場合、新規の取引先を検討するのは自然な流れです。そうなれば、個人事業主の売上は減少し、ビジネス展開に大きな障害となるでしょう。

個人事業主がインボイス発行事業者に登録するデメリットは?

続いては、個人事業主がインボイス発行事業者に登録する場合のデメリットについて説明していきます。

売上1,000万円以下でも消費税の免除がなくなる

年間売上が1,000万円以下の事業主は消費税の納税義務が免除されます。 この免除制度は特に個人事業主にとって大きなメリットであり、実際にこれを活用している人も少なくはありません。しかし、インボイス発行業者として登録するためには、課税事業者となる必要があります。その結果、これまで発生しなかった経費が生じることとなり、事業継続においての大きな負担になるでしょう。

免税事業者のまま事業を続けていく場合、取引相手となる発注事業者は仕入税額控除を受けられないため、料金の値下げや取引の見直しを求めてくる可能性は極めて高いです。そのリスクと、消費税を納税することの負担を比較検討して、今後の方針を決定する必要があります。

消費税の確定申告をしないといけない

インボイス発行事業者に登録すると、消費税の確定申告が必須となります。これまで消費税の免除を受けていた個人事業主の中には、消費税の確定申告を行ったことがないという方も多いでしょう。しかし、課税事業者になることで、所得税の確定申告に加えて消費税の確定申告も必要なため、その対応に追われる可能性があります。消費税の確定申告は、消費税の計算や知識が不可欠であり、複雑な処理と時間が必要です。誤った申告を行うと、税務署からの調査や罰則の対象となる恐れもあります。

安心して事業を行うには、税理士への依頼やシステム構築の検討が必要になってくるでしょう。

2割特例で消費税の負担は軽減できる

インボイス制度の導入は、これまで消費税を免税されていた小規模事業者に大きな影響を及ぼします。

インボイス発行事業者となるためには課税事業者である必要があるため、これまで納税することを免除されていた消費税を納税しなければなりません。この負担は、小規模事業者にとっては大きな負担となります。

そこで、設けられた特例が「2割特例」です。

これは、免税事業者が登録をして課税事業者になった場合に適用できる制度で、消費税納税額を売上税額の2割に軽減するという負担軽減措置になります。

この特例は、2023年10月1日から2026年9月30日までの年度ごとに利用が可能です。この特例を利用するためには、事前に何らかの届け出をする必要はありません。消費税を申告する際に、申告書に「2割特例を適用する」とだけ記入すれば良いのです。

また、一度2割特例を利用したからと言って、次の年度も必ずその特例を利用しなければならないというルールはありません。つまり、事業主は年度ごとに、「2割特例を利用する」かどうかを自由に選ぶことができます。これは、ビジネスの状況に応じて最適な選択ができるということです。

この2割特例により、免税事業者が課税事業者になることで増える消費税の負担を3年間緩和することができます。この期間を利用して新たな制度への適応を進めることが必要です。

インボイスの登録で個人事業主がすべきこと

これまで、制度の仕組みや、個人事業主が受ける影響などを説明してきました。それらを踏まえて、インボイス発行事業者への登録を決めた個人事業主の皆さんが、どのような手続きを踏んでいくべきかを解説していきます。

登録申請の手続

国税庁は2021年10月1日から、インボイス発行事業者の登録申請を開始しています。制度開始前日である2023年9月30日までに申請が完了していれば、制度開始日から登録事業者として活動可能です。

準備を怠ると制度開始日にインボイスを発行できず、ビジネスに影響が出る恐れがあります。

申請手続きは紙とオンライン、2つの方法があります。

一つ目の方法は、紙の申請用紙を使用する方法です。これは、国税庁のホームページから適切な申請用紙をダウンロードし、記入後に郵送します。

二つ目の方法は、国税庁のオンラインシステム「e-Tax」を利用する方法です。ただし、e-Taxを初めて使用する場合は、事前に利用者識別番号・暗証番号・電子証明書を取得する必要があります。

申請のために記入する内容は、以下が主な項目となります。免税事業者の場合はさらに詳細な情報を提出することが必要です。細部まで確認し、記入漏れや記載ミスがないようにしましょう。

  • 住所、氏名または名称、代表者氏名(法人の場合のみ)
  • 法人番号、事業者区分(課税事業者または免税事業者)
  • 登録要件の確認等

2023年1月12日に公表されたデータによると、登録処理完了までの平均期間は、紙による申請が約2か月、e-Taxを用いた申請が約3週間となっています。そのため、提出期限ギリギリに申請すると登録番号の通知が間に合わない可能性があるため、余裕を持って申請を行いましょう。

取引先への通知

登録申請の処理が完了すると、税務署から登録通知が送られてきます(e-Taxを利用した場合には電子データで通知されます)。

取得した登録番号を添えて、取引先へインボイス発行事業者となったことを通知しましょう。この際、今後の取引で使用するインボイスのフォーマットや交付手段を一緒に示しておくと、取引がスムーズに進みます。

もし、相手方のインボイス制度への対応状況がわからない場合には、合わせて確認しておくとよいでしょう。

インボイスの作成や消費税への対応

インボイス発行事業者に登録し、登録番号を取得した事業者は、取引先が要求した場合にはインボイスを発行する義務があります。しかし、一部例外もあり、3万円未満のバスや電車などの公共交通機関や卸売市場、郵便ポストに投函する切手などが交付免除対象取引です。

必要な記載事項は以下となります。

  1. 適格請求書発行事業者の名称および登録番号
  2. 取引年月日
  3. 取引内容(軽減税率対象品目の場合はその旨)
  4. 税率ごとに合計した対価の額(税抜きまたは税込み)および適用税率
  5. 消費税額(端数処理は一請求書あたり税率ごとに1回ずつ)
  6. 書類の交付を受ける事業者の名称

インボイスの様式は特定の形式に限定されていません。法令などで定められていないため、上記必要事項が記載されていれば、どのようなフォーマットでもインボイスとして認められます。名称が請求書でなく、納品書や領収書などでも、必要事項さえ記載されていればインボイスとして使用可能です。

これまで免税事業者として事業を行ってきた個人事業主にとって、新たに導入される制度に対応した消費税の計算や処理は、非常に大きな負担となります。ミスにより取引相手に迷惑をかけるだけでなく、税務署から注意を受ける可能性もあるでしょう。そうなれば業務の遂行にも支障が生じます。インボイス制度が始まる前に、業務フローシステムの構築や専門家への業務委託を検討することが必要です。

インボイス制度で個人事業主の税務が広がる

2023年10月1日から始まるインボイス制度の導入により、個人事業主の税務は大きく広がるでしょう。

これまで免税事業者であった個人事業主も、消費税について考えなくてはならない時代が到来します。しかし、この記事を最後まで読んでいただいた方であれば、新たな税制度への理解を深め、円滑に準備を進めることができるはずです。

税務の知識は個人事業主にとって必要不可欠なものとなりますが、その一方で、新たなビジネスチャンスをもたらすかもしれません。インボイス制度導入に向けて不安を感じている方にとって、今回の記事が少しでもお役に立てれば幸いです。