個人事業主に義務付けられたセクハラ防止措置の具体例

セクシュアルハラスメント(セクハラ)は、一般的にもよく知られたハラスメントです。

しかし、セクハラは問題が表面化しづらく、性別による特別な配慮が求められる点が他のハラスメントと異なります。個人事業主にあっては、自分と性別の異なる従業員からの相談に不安があることも当然です。

そこで、この記事ではセクハラの定義や事例、個人事業主が行う防止措置について解説をします。

セクハラの防止措置も法的義務

セクハラに関する防止措置義務は「男女雇用機会均等法」によって、パワハラ防止措置よりも前に義務づけられていました。

類似するマタハラ・パタハラは育児・介護休業法に定められており、区別されていることに留意しましょう。

令和2年6月のパワハラ防止措置義務化と同じタイミングで、セクハラ防止策も一層強化され、事業主の行う対応は新たに増えました。

対象は、従業員を雇用するすべての事業主ですので、個人事業主も例外ではありません。措置を怠ったときの責任や損害賠償の補償は、法人と変わりませんので十分注意をしましょう。

事業主が取るべき具体的な対応は、以下のようなものです。

  • ハラスメント防止に対する事業主の意思の表明、従業員への周知・啓蒙を行うこと
  • 各々の従業員がハラスメントへの理解・関心を深め、言動に注意を払うことを責務を明確にすること
  • 相談者や事実確認の協力者へ労働条件などの不利益扱いをすることの禁止
  • 社外の関係先から自社で雇用する従業員の行為に対し、事実確認等の要請があったときに協力に努めること

この内「社外の者からの事実確認等の要請に協力する努力義務」は、新たに加わった対策です(こちらの努力義務の詳細は後述)。

防止義務のある「セクハラ」の定義

はじめに、法律上のセクハラの定義を確認しましょう。次のように定義されています。

”職場において行われる、労働者の意に反する性的な言動に対する労働者の対応により、その労働者が労働条件に不利益を受け取り、就業環境が害されること”

※”職場”とは、従業員が働く職場に限定されず、仕事の延長として考えられるときは出張先・酒席・取材先等も職場に該当する。

※”労働者”とは、職種や雇用形態に関わらず、パートやアルバイトなども含めたすべての従業員を指す。

なお、女性から男性に対する行為、同性同士の行為でも該当し得るものと理解しましょう。

対価型と環境型に分類される

セクハラの定義にある”性的な言動”の内容に応じて、セクハラは「対価型」「環境型」に分けられます。

【対価型】

セクハラにより、解雇や減給、降格や配置転換など、労働条件に不利益を受けること。

(例)

  • 事業主が自社で雇用する従業員に対し、性的な関係を迫ったが、断られたため、その報復で従業員を解雇した
  • 部下が上司から、容姿やプロポーションについて言われ、それに抗議した結果、部下には降格処分が下り、減給された
  • 取引先から、仕事とは関係のない食事やデートの誘いを何度も受け、断ったことで契約が打ち切られた
  • 上司の個人的な性体験を聞かされ、感想を求められたことを拒否した者が、人事考課上妥当とは思えない部署への転換を命じられました

【環境型】

セクハラにより、就業環境が不快なものとなり、能力の発揮に重大な悪影響が生じることや就業上看過できない程度の支障が生じること。

(例)

  • 胸や髪を触るなどの身体的接触が多い同僚がいることに苦痛に感じ、出勤する意欲が失われること
  • 同性の同僚によって、性的な事情を継続的にうわさされたことにより、仕事に手がつかないこと
  • 職場内でアダルトビデオを閲覧し、他の従業員にもわざと見せる上司がいることを辛く感じ、業務に集中できないこと

「平均的な感じ方」が判断のポイント

実務担当者が頭を悩ませるのは、事案が起こったときのセクハラの認定です。

よくある勘違いですが「被害を受けた」という被害者側の訴えをもってして、すぐさま認定されるわけではありません。

個々の事情や背景を考慮した上で、被害者の訴えは重視されるべきですが、認定するかどうかの判断ポイントは別にあることを押さえておきましょう。

判断のポイントは「被害者と同性の従業員の平均的な感じ方」です。

男女の認識差により、行為に対する受け止め方が異なる可能性があるため、被害者と同じ性別の他の従業員が一般的にどのように感じるかによって判断されます。

事業主の立場として重要なことは「主観で判断してはいけない」という点です。相談者が自分と異なる性別であれば、尚更慎重に対応をしましょう。例えば、行われたのが一度であったとしても、異性にとっては多大なストレスを感じるものだと評価される可能性もあります。

セクハラ防止義務の内容と具体例

ここからは、個人事業主が行うべきセクハラ防止義務の内容と具体例を紹介します。

基本的な対応は他のハラスメントと変わりませんが、セクハラの特性から特に注意すべき点と、個人事業主ができる対応に着目しましょう。 

他社へのセクハラがあったときの協力(努力義務)

令和2年6月より強化された防止策では「自社で雇用する従業員が他社の従業員等へ行った行為に対し、事実確認等に協力すること」が新たな努力義務となりました。

これは、他のハラスメントに関する規定にはなく、セクハラ対策のみに定められています。

内部の従業員が行ったセクハラに関して、取引先等から事実確認等の求めがあった場合は、情報提供を行うように努めましょう。

他社からセクハラの苦情を受けると、焦りを感じてしまうかもしれませんが、基本的な対応は内部で起こった場合と変わりません。普段から問題が起こってしまったときを想定した取り組みが重要です。

いざというときに困らないように「相談や苦情があったときの流れ」を整理し、行為者への聞き取り表などを準備しておくと、落ち着いて対応をすることができるでしょう。

とはいえ、1人で種々雑多な業務を抱える個人事業主が、マニュアルや聞き取り表等の資料をゼロから準備するのは大変なことです。そこで、すぐに手に入れられるマニュアル等を積極的に活用しましょう。

厚生労働省が委託するハラスメント対策の総合サイト「あかるい職場応援団」(URL:https://www.no-harassment.mhlw.go.jp)では、対策措置を講じる事業主等が使用できる便利な資料をダウンロードできます。

相談対応や事案の検討は多面的に行う

セクハラ対策では、相談窓口対応や事案の検討を、1人ではなく多面的に行うことが効果的です。

事案の性質上、相談担当者・相談者の性別により相談のしやすさが異なるのは自然なことです。また、実際の事案の検討において、被害を受けた従業員と性別の異なる者のみで評価を行ってもその妥当性は疑わしくなります。

ただ、個人事業主の場合は相談窓口等に人的リソースを割くのも簡単ではありません。そんなときは外部相談窓口の設置も検討しましょう。弁護士や社労士などの専門家に、社内のハラスメントに関して外部相談窓口になることを依頼することもできます。

もっと簡易な方法として、「従業員が相談できる行政窓口を紹介する」という手段もあります。例えば次のような窓口が活用できます。

  • 各都道府県労働局の雇用環境・均等部(室)
  • 各地域の総合労働相談センター
  • 女性の人権ホットライン

各地域に設置されている総合労働相談センターは、HP上で女性の相談員がいる場所も事前に確認可能です。

また、従業員だけでなく事業主からの相談も受け付けています。面談や電話で無料相談ができるので、個人事業主にとっても強い味方になるでしょう。

参考:厚生労働省 総合労働相談センターのご案内(URL:https://www.mhlw.go.jp/general/seido/chihou/kaiketu/soudan.html

相談者のプライバシーに配慮する

セクハラは、他のハラスメントに比べて、一層プライバシーへの配慮が求められます。

実際に被害があったとしても、プライバシーが保護されるかどうかの心配があると、相談することへの心理的な障害となります。その間に事態の発覚が遅れ、深刻化するおそれもあります。

セクハラ防止措置として相談窓口の周知を行いますが、相談時にプライバシーが守られることも併せて周知しておくと良いでしょう。

プライバシーを守るための具体的な措置としては、「誰にも聞かれない・見られない場所を確保すること」が挙げられます。

個人事業主の場合、事業場が小規模で場所の確保が難しいこともあるかもしれません。その場合は、メールやチャットアプリなどで個別に連絡が取れる手段も用意しておきましょう。

なお、事情を知る第三者に事実確認等の協力を要請することもありますが、このときも行為者と被害者のプライバシーが守られるよう気を付けてください。

セクハラ防止は事業を続けるためにも重要!

事業主によるセクハラ防止対策が法律で義務付けられたことで、事業主のセクハラ対応について世間からの目も一層厳しくなりました。

セクハラは事業の社会的評価に悪影響を与えるのみならず、従業員への安全配慮義務違反や損害賠償の問題に発展する恐れがあります。個人事業主は少ないリソースで事業を運営しているため、一度の問題が致命的な事業危機をもたらす結果にもなり得るでしょう。

従業員個人の尊厳を守るために対策を行うことも重要ですが、事業の発展を妨げないためにも防止対策に取り組む姿勢を持つことが大切です。