個人事業主による雇用手続きの流れ~従業員が働き始めるまでにすべきこと~

従業員を雇用しようと思っても、手続きの流れがイメージできていなくて、なんとなく二の足を踏んでしまう、ということはありませんか?

個人事業主であっても、従業員を採用する流れは法人とほとんど変わりありません。採用後に雇用主がしないといけない手続きは、従業員の社会保険など彼らの生活に直結しているものです。

せっかく採用した人財に長く残ってもらうためにも、採用後の流れをきちんと把握しておきましょう。

従業員を雇用するまでの流れ

従業員を雇用するまでの大まかな流れは次の通りです。

  1. 従業員の募集
  2. 選考
  3. 雇用契約の締結
  4. 労働条件通知書の発行
  5. 各種社会保険への加入

雇入れ後も従業員を雇用し続ける限り、日常的に労務管理業務が発生します。例えば、毎月の給与計算や支払、年に1回ある労働保険の年度更新や、社会保険の随時改定、年末調整に関わる手続きなどです。

従業員の募集

従業員をどのような方法で募集するかは、雇用する側が自由に決められます。

例えば、

  • 知り合いからの紹介
  • 店頭募集
  • 新聞や就職情報誌への広告掲載
  • インターネットでの情報掲載

など、選択肢はたくさんあります。

広く募集したい場合は、事業所を管轄する「ハローワークに依頼」して求人票を載せることも検討するとよいでしょう。

また、募集方法だけではなく、選考過程についても原則雇用主側が自由に決めることができます。応募者との面接だけではなく、小テストなどを実施する事業もあります。雇用契約締結前の応募者との貴重なマッチングの機会ですので、どのような方法が良いのかそれぞれの事業に合った形を検討するとよいでしょう。

求人票への記載

求人票に記載する内容は、その求人票を見た求職者が仕事内容や待遇などを理解しやすい内容であることが重要です。勿論、虚偽の条件や誤解を与えかねない曖昧な表現はやめましょう。

求人募集については、職安法で次の項目の労働条件を明示することが義務づけています。

  • 業務の内容
  • 労働契約の期間(有期か無期か、有期の場合はその期間)
  • 試用期間について
  • 就業場所や、始業終業の時刻、所定労働時間を超える労働の有無、休憩時間及び休日について
  • 賃金について(賞与などの臨時給を除く)
  • 社会保険の適用について
  • 雇用しようとする者の氏名あるいは名称
  • 就業場所における受動喫煙を防止する為の措置について

また、男女を明らかに差別した募集(ポジティブアクションを除く)や、理由のない年齢制限を設けた募集は禁止されていますので、求人票作成の際は気を付けましょう。

労働条件通知書の交付

採用する従業員が決まったら、次は雇用契約の締結です。雇用契約は「あなたを雇いますよ」「わかりました」という双方の合意があれば、書面であろうと、口頭であろうと、法律的には締結されたことになります。そのため、必ずしも「雇用契約書」を書面で取り交わす必要はありません。

しかし、雇い主には雇用した従業員に対して「労働条件通知書」を交付することが義務付けられています。これは、先ほどの雇用契約とは異なり、原則書面で通知するものです。

※労働者が希望する場合にファクシミリや電子メール(出力可能なもの)での交付が可能。

この労働条件通知書への記載項目は、①必ず明示しなければいけない項目、②定めがあるときは明示が必要な項目、の2種類があります。書面の形式については決まったものがありませんので、最低限明示内容を守っておきましょう。

また、既に就業規則などを作成している場合は、雇用する予定の従業員に該当部分の就業規則を交付することで、労働条件通知書の交付の義務を果たしたことになります。

必ず明示する条件定めがある場合明示する条件
労働契約の期間(有期契約の場合)契約更新の基準就業場所、従事する内容始業および終業の時間所定労働時間を超える労働の有無休憩時間、休日、休暇賃金、その計算&支払方法、支払時期(臨時に支払われる賃金を除く)退職に関する事項(解雇含む)退職手当について臨時に支払われる賃金について最低賃金について労働者に負担させるもの安全および衛生について職業訓練について災害補償、業務外の傷病の補助について表彰および制裁について休職について

もし、雇用主が明示した労働条件が採用後の事実と異なっていた場合、従業員はただちに労働契約を解除することができます。トラブルになりがちなところでもありますので、事実と異なることがないように気を付けましょう。

社会保険の手続き

初めて労働者を雇う場合は、各種社会保険の新規適用の手続きが必要です。

従業員採用に関わる社会保険は大きく分けると、労災保険と雇用保険の総称である「労働保険」と、健康保険と厚生年金を指す狭い意味での「社会保険」があります。

ただ、どの事業にも「必ず発生する手続き」というわけではありません。事業の種類や規模、労働者の働き方によって加入するかどうかが異なりますので、各々の状況に照らして判断をする必要があります。

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個人事業主として、事業が好調になり、新たに従業員を雇うことを考えたとき「個人事業主でも社会保険に加入することができるのか?」というような疑問を抱くことはないで…

以下は、労働保険と社会保険それぞれの手続きについてまとめたものです。

【労働保険(労災保険+雇用保険)】

労災保険雇用保険
概要労働者の業務上のケガによる負傷や死亡についての補償。労働者の保険料負担はなし。労働者の失業、育児介護休業中の生活保障の保険。加入事業所は該当&申請することで助成金が貰える。
適用対象者雇用形態、労働時間に関わらず全ての労働者対象。※同居親族や労働者ではない役員は対象外。 以下の全てを満たす労働者労働時間が週20時間以上31日以上の継続雇用季節雇用ではない昼間学生ではない
手続先事業場管轄の労働基準監督署事業場管轄の公共職業安定所
提出物①労働保険関係成立届②労働保険概算保険料申告書③雇用保険適用事業所設置届④雇用保険被保険者資格取得届※①②の手続き後に提出可能※添付書類 要確認
期限保険関係成立日の翌日から10日以内③は設置日から10日以内④は入社月の翌月10日まで

【社会保険(健康保険+厚生年金)】

健康保険厚生年金
概要労働者の業務外の傷病や疾病を保障。産休中の賃金保障「出産手当金」や私傷病による休職期間の「傷病手当金」も健康保険から支給される。会社員や公務員が加入する年金。国民年金の2階建部分にあたる。老齢年金や、障害年金、遺族年金に上乗せがある。
適用対象者「フルタイム労働者」または「下記のパターンを満たした短時間勤務者」・パターン11週間の所定労働時間および1月の所定労働日数が常時雇用者の4分の3以上※1週30時間以上が目安・パターン2 以下すべてを満たすもの①従業員101人以上の事業※令和6年10月からは51人②1週間の労働時間が20時間以上③2月以上の継続雇用④賃金月額が8.8万円以上⑤学生ではない
手続先事業所管轄の年金事務所 (組合加入の場合は所属する健保組合)
提出物①新規適用届②資格取得届③被扶養者異動届※該当する場合
期限入社日(あるいは適用対象になってから)5日以内

税務署での手続き

従業員の雇用後、税務署へ提出しなければならない書類もあります。

1つは、給与の支払事務を行う事業所として、税務署に「給与支払い事務所等の開設届」を提出することです。

また、年に1回の年末調整の際は、毎月の給与の記録から年末調整の計算をし、源泉徴収簿を作成します。税務署に提出する書類の作成、手続き、年末調整の結果を本人へ知らせる源泉徴収票の作成など、税務に絡んだ業務があることも忘れずに覚えておきましょう。

法定三帳簿(賃金台帳、労働者名簿、出勤簿)の作成

労働者を雇用する事業には「法定三帳簿」と呼ばれる次の帳簿の作成が義務付けられています。

  1. 労働者名簿(労働者の氏名や生年月日、入退社の日付など)
  2. 賃金台帳(賃金支払の記録)
  3. 出勤簿(タイムカードなど労働時間や日数に関する記録)

法定三帳簿は以上ですが、もうひとつ重要な帳簿があります。

それは「有給休暇管理簿」です。

労働者の入社日から6ヶ月が経過すると、その労働者の出勤率が80%以上の場合は「有給休暇」が付与されます。有給休暇は事業主に「与えるかどうか」の裁量はなく、労働者が条件を満たせば法律上、当然に貰えるものです。有給休暇を管理するための帳簿も作成が義務付けられていますので、併せて覚えておきましょう。

なお、年次有給休暇管理簿も含め全ての帳簿に決まった書式のものはありませんので形式は自由です。

労務に関する書類の保存

帳簿の作成と一緒に気を付けなければならないのが書類の保存期間です。

「雇っていた従業員が退職してしまったから不要」とはならず、従業員の在籍の有無に関わらず、事実関係のあるその日から法律で決められた一定の期間は保存しなければなりません。

労基署の立ち入り検査や、退職した労働者から後日要求があったときに必要になることもありますので、気を付けましょう。

5年保存※当分の間3年で可労働者名簿、賃金台帳、解雇、災害補償、賃金その他労働関係に関する書類
4年保存雇用保険の被保険者に関する記録
2年保存雇用保険の被保険者に関すること以外の記録、社会保険(健康、厚生)に関する記録

従業員雇用後の労務にも注意

従業員を雇用すると様々な手続きや、その後に続く労務管理が多くあります。どれも法律で義務付けられており、従業員にとっては生活に関わる大変重要なことです。雇用主の責任として、労務についての基本的な知識を持っておきましょう。