個人事業主もハラスメント防止措置が義務!パワハラやセクハラ対策の必要性とは

上司と部下の関係性のように、職場での優越的な地位を利用して相手に身体的・精神的なダメージを与えることはハラスメントになります。

厚生労働省が発表した「令和4年度の総合労働相談件数」では、職場の個別トラブルに関わる相談のうち、25%に当たる約7万件が「いじめ・嫌がらせ」に関する相談で、11年連続でトップでした。(出典元:https://www.mhlw.go.jp/stf/houdou/newpage_00132.html)

このように、ハラスメントは長年に渡って職場における大きな問題となっています。

近年も法改正によってハラスメント防止が事業主の義務とされ、企業の責任がより強く問われるようになりました。事業主自身が直接の加害者ではない場合でも、従業員を雇用していれば、職場で起こるハラスメントには責任があり、これは個人事業主であっても負うべき責任は法人と同じです。

ハラスメント防止について法的な義務を理解できていない場合は、これからの心がけとして必ず確認しておきましょう。

事業者が注意すべきハラスメントとは

職場におけるハラスメントには次のものがあります。

  • パワーハラスメント(パワハラ)
  • セクシュアルハラスメント(セクハラ)
  • マタニティハラスメント(マタハラ)
  • 育児介護休暇ハラスメント(育介ハラ)
  • パタニティハラスメント(パタハラ)
  • リモートワークハラスメント(リモハラ)

このうち最も職場で問題になりやすいものは「パワハラ」です。

厚生労働省の「令和2年度職場のハラスメントに関する実態調査」では「過去3年間に職場でパワハラを経験した者」の割合は31.4%でトップでした。

同調査の「セクハラ」が10.2%だったのと比べても高い数字です。(出典元:https://www.mhlw.go.jp/stf/newpage_18384.html)

これは、パワハラとされる行為が「指導」なのかどうか、一見わかりにくいことが原因となっています。

次の個々のハラスメントについての解説と一緒に「パワハラに該当するケース」と「該当しないケース」も併せて紹介しますので、確認しましょう。

パワハラ

職場におけるパワハラとは、次の3つの要素を含んだものを言います。

  1. 優越的な関係を背景とした言動
  2. 業務上必要かつ相当な範囲を超えた言動
  3. 従業員の働く環境が害されるもの

それぞれの要素についての具体的な内容は次表の通りです。

職場のパワハラについて相談を受けるときは、これらをポイントにしながら双方への事実確認を行いましょう。

要素具体的な内容
優越的な関係を背景とした言動上司と部下のように、相手の言動に対して抵抗・拒絶することができない関係性のこと部下や同僚が集団で上司に対して行うことなども含まれる
業務上必要かつ相当な範囲を超えた言動一般的に見たときに、行き過ぎた行為であること
従業員の働く環境が害されるもの従業員の働く環境が害され、能力の発揮が十分に行えないこと。この判断には、行為を受けた従業員の主観ではなく、他の社会一般の従業員の感じ方を基準とすることが適当とされている

続いて、代表的なパワハラの例について「具体例」と「パワハラに該当しない例」を紹介します。実際の場面では個別の事情も含めて、総合的に「パワハラになるかどうか」を判断しますので、あくまでも一例であることに留意しましょう。

代表的なパワハラの例具体例該当しない例
身体的な攻撃殴打や足蹴り、モノを投げつける誤ってぶつかる
精神的な攻撃度を超えて長時間に割渡って厳しく叱責する遅刻を繰り返す従業員に対して、再三注意をしたが直らないため、一定程度強く叱る
人間関係からの切り離し集団による無視教育の目的で別室で研修を実施すること
過大または過小な要求新人に対し十分な教育をせず、達成が困難な目標を課し、達成できなければ叱責すること業務の繁忙期に、通常時よりも多い業務を任せること
プライバシーの侵害職場外でも監視をする従業員への配慮を目的として、従業員の家族の状況等についてヒアリングを行うこと

また、コロナ禍で加速したリモートワークにより、注目された「リモハラ」もパワハラの1つに分類されます。例えば、テレビ会議中に映った従業員の部屋の背景を話題にしてからかったり「実はさぼっているんじゃないか」と発言したりする行為が該当することもあるので、気をつけましょう。

セクハラ

セクハラとは、従業員が自分にとって望ましくない「職場での性的な言動」に対して、嫌がる・拒否するなどの態度をとったことにより、労働条件で不利益を受けたり、就業環境を害されたりすることを言います。

これらは「男性から女性に」というイメージが強いですが「女性から男性」「同性同士」であっても、性的な言動であればセクハラに該当し、被害を受ける人物の性的指向や性自認も関係ありません。

「性的な言動」には、性的な関係を強要することはもちろんのこと、性的なことを尋ねたり、噂を流すことや冗談やからかい、食事やデートへの執拗な誘いなども当てはまります。

セクハラは「対価型」と「環境型」の2つにタイプが分かれます。それぞれのタイプごとに、職場でのセクハラの具体例を確認しましょう。

タイプ具体例
対価型セクハラに対して拒否・反抗した従業員が解雇、降格、減給など、労働条件において不利益を受けること。(例)上司に性的な関係を強要されたことを拒否したために、降格処分を受けること。
環境型セクハラにより、従業員の就業環境が不快なものとなり、能力の発揮に重大な悪影響が生じること。(例)上司に腰や胸などを度々触られた従業員が、その行為を苦痛に感じて、就業意欲が低下していること。

従業員同士で行われるセクハラであっても「個人間の問題」「被害者にも非があった」と、事業主が判断し、対応してしまうことは大変危険です。

マタハラ

マタハラとは、女性従業員が妊娠・出産したこと、あるいは産前産後休業や法令・就業規則などで認められている母性保護のための制度を活用したことに関して、不利益な扱いをすることです。

従業員が受けるマタハラには、次のような言動が該当します。

  • 「妊娠したら仕事を辞めて」などと言われる
  • 正社員からパートになるなど、労働契約内容の変更を強要される
  • 望んでいない不利益な配置転換をされる

もし、妊婦に対して配置転換などを行う場合は、本人の希望があることや、産休などを取得したこと以外に理由があることを証明しなければなりません。

育介ハラ・パタハラ

育介ハラとは、育児・介護休業等の申出・取得を理由として解雇やその他の不利益な取扱いをすることです。

マタハラが女性従業員を対象としているのに対し、育児休業を取得する男性に対するハラスメントをパタハラ(パタニティハラスメント)といい、このハラスメントの一種に分類されます。

パタニティとは「父性」のことで、父親となる男性従業員に対して、育休等の育児に関する制度を利用することに対して嫌がらせを行うことです。男性の育児参加が推奨される今、注目されているハラスメントといえるでしょう。

該当する例

  • 「男が育児休業を取るなんておかしい」と言われる
  • 介護休業を取るときに「こんな風に仕事を空けられたらみんな迷惑だ」と言われる 

マタハラ同様、配置転換などの際は従業員に配慮した対応が求められます。

なぜハラスメント対策が必要か

このように、ハラスメントにはたくさんの種類があることがわかると、対策に対して後ろ向きになる事業主もいるかもしれません。中には、事業主である自分が加害者にならなければ「従業員当人同士の問題」と考える人もいるでしょう。

しかし、職場で起こるハラスメントへの事業主の責任を免れることはできませんし、対策せずに放置することには様々なリスクが伴います。

「なぜ事業主がハラスメント対策をしなければならないのか」を考えると、ハラスメントにおける事業運営のリスクを知ることができますので、これから紹介する3つの理由を必ず確認しておきましょう。

従業員が働きやすい職場をつくるため

1つめの理由は「従業員が働きやすい職場をつくるため」です。

ハラスメント被害者は尊厳や人格が傷つけられて、強い精神的なダメージを受けます。このような人権侵害は職場であるかどうかを問わず、本来あってはならない行為です。

そして、すべてのハラスメントは職場の雰囲気を悪化させて従業員の就労意欲を奪ってしまうので、本来の生産性を保つことができなくなります。それだけではなく、休職や離職によって貴重な人材を失う可能性もあるのです。

反対に言えば、ハラスメントのない職場とは、従業員にとって働きやすい職場と言えます。従業員の定着や離職者を減らす等、事業主にとってもプラスの効果があるでしょう。

個人事業主にも防止措置が義務付けられているから

2つめの理由は「法的な義務があるから」です。

法律上、事業主には雇用する従業員に対しての「安全配慮義務」があり、就労環境によって従業員の心身の健康が侵害されることを、防止しなければなりません。

また、2022年4月1日からは個人事業主も含む、すべての企業に「ハラスメントの防止措置」が義務付けられました。

現時点でこのパワハラ防止法には、罰則は設けられていませんが、法律で定められた防止義務を怠っている企業に対して、行政が指導・助言、あるいは勧告を行うことができます。勧告に従わず、改善が見られないなど悪質な場合は、事業者名が公表されることもありますので、きちんと対策しなければなりません。

損害賠償責任が生じるから

3つめの理由は「損害賠償責任があるから」です。

ハラスメントの問題が大きくなり、裁判まで発展すると損害賠償を命じられることもあります。

実際に、過去には上司の精神的な攻撃の言動がパワハラと認められて、被害者に対して300万円弱の損害賠償が命じられたケースもありました(サントリーホールディングス事件)。この責任は加害者となった当事者のみが負うのではなく、企業も責任を負います。

事業主が直接の加害者ではなくても、従業員に対しての「安全配慮義務違反」、加害者が行った行為についての「使用者責任」があり、これらに対して損害賠償責任が生じるのです。

実際の賠償額は個々の事例によって変動しますが、少額で済むケースは少なく、中小事業にとっては経営に深刻なダメージとなってしまいます。

個人事業主も知っておきたいハラスメント対策の基本

企業がハラスメント防止に取り組まなければならない理由を理解した上で、対策の基本を確認しましょう。

何よりも大事なことは「加害者・被害者を作らない」という意識を職場に関わるすべての者が持つことです。

その意識をつくるためには、次のような対策が有効です。

  • 厚生労働省が発表しているガイドラインを配布・掲示する
  • 研修等でハラスメントについて啓発を行う
  • ハラスメント相談窓口を設置する

事業主が、職場におけるハラスメント防止に適切に対応をすれば、従業員の会社への信頼感や就労意識も高まります。

倫理的な問題・法律上の義務だけではなく、事業運営にとってもプラスに繋がる意識を持てば、前向きに取り組むことができるでしょう。

また、近年ハラスメントは多様化しています。顧客や取引先、業務委託契約をしている者など、直接事業主と雇用関係にない者との間に発生するハラスメントにも注意しなければならなくなりました。

従業員にとって働きやすい「ハラスメントのない職場づくり」を目指しましょう。